新型コロナウイルス患者はいつまでウイルス排出を続けるのか?
(院内報から転載)
新型コロナウイルス患者はいつまでウイルス排出を続けるのか?
- はじめに
当院でも2月からアフターコロナの患者を受け入れておりますが、受け入れを開始した当初は、患者の感染性に関して懸念があり、かなり慎重な導入となりました。最近では、一般的な厚労省、県の基準1,2に沿って対応しており、通常の免疫能を有する (immunocompetent) 症例ではこの対応で問題ないと思われます。一方、CDCのガイドライン『医療現場における感染性に基づく予防措置の解除とSARS-CoV-2感染症患者の取り扱い』(Discontinuation of Transmission-Based Precautions and Disposition of Patients with SARS-CoV-2 Infection in Healthcare Settings)に最近(2021/2/16付)以下の改訂が行われました3。
- 重症免疫不全患者は、発症後20日間を過ぎても感染力を有している(infectious)可能性がある。感染症専門家へのコンサルトが推奨される。予防措置を解除する時期は、検査結果をふまえて(test-based)決定することが考慮される。
想定外に、長期間ウイルス排出を続ける症例の報告が集まってきたことに基づく改訂です。5つの文献が根拠として参照されています4。以下で内容を検討していきますが、その前に、ウイルス分離培養とPCR検査等の方法と意義の違いに関して簡単に説明しておきます。なおこのCDCガイドラインでは、「重症免疫不全患者」の定義には踏み込んでいません。一般化するのはなかなか困難かと思われ、ケース毎に検討が必要と考えます。
分離培養は昔からウイルス疾患診断の‘gold standard’とされて来ました5。以下にSARS-CoV-2分離培養プロトコールの1例を示します6。
- 24-well培養プレートの各ウェルに5 x 10^5 cells/mlの付着細胞株Vero E6細胞(ATCC CRL-1586)を撒き、一晩インキュベートし、サブコンフルエントなモノレーヤーを準備する。培地は、DMEMに10% FCS, 必須アミノ酸等を型通り添加して使用。
- 患者検体をOptiPro serum-free培地 (GIBCO)に懸濁して粘度等調整。
- 上記2から100μlを取り、各ウェルに加え、37°Cで1時間培養。
- 培地を捨て、ウェルをPBSで洗浄。新しい培地500μl(2%FCS)を加えてインキュベート再開。
- 細胞変性効果(cytopathic effect: CPE)の有無を顕微鏡で観察する。(図1) 陽性検体でもCPEが観察できるのは、概ね5、6日目以降。また、2日ごとに培養上清50μlを回収しリアルタイムRT-PCRでも評価する。
- 陽性検体の培養上清保存(確認/追加検査用:PCR, 電子顕微鏡等)
以上のように、約1週間かかり、迅速, 大量処理を旨とする臨床検査としては、実際的とは言いがたい検査です。なお、最初の分離培養こそヒト気道上皮の初代培養細胞を使って行われましたが7、その後のほとんどの報告では、Vero細胞とその亜株(Vero E6)が使用されています8。これらはACE2を高発現9しており、中国の不活化ワクチン産生もVero細胞を使用しています10。Vero細胞はHeLa細胞と並んで、50年以上前から世界中で広く使われてきた有名な不死化細胞株ですが、1962年千葉大学細菌学教室の安村美博無給副手によりアフリカミドリザルの腎臓から樹立された細胞株です。エスペラント語で緑の腎臓を意味するVerda Renoを短縮してVeroと命名されました。Veroはエスペラント語で『真実』の意味でもあるそうです11。
図1:培養したVero細胞(A) ウイルスなし(negative control) (B) 新型コロナウイルス増殖により変性したVero細胞。形態変化(rounding)や剥離が認められる12。
新型コロナウイルスのゲノムRNAは、29,903塩基対(bp)[Wuhan-Hu-1: NC_045512.2/MN908947.3]からなります13。PCRはDNA(RNAウイルスの場合はまずcDNAに逆転写してから)を増幅する方法ですが、ウイルスゲノム丸ごとを増幅しているわけではありません。我が国で推奨されている国立感染研のプロトコール14では、ターゲットは、N遺伝子の2箇所の百数十bp (N1セット:128bp, N2セット:158bp)です。市販キットによっては、3箇所程度の比較的離れた部位(例えばTFSのキット15ではOrf1ab, S, N)を同時に評価するものもありますが、短い増幅産物(アンプリコン)であることに変わりはありません。従ってウイルスが壊れて、ゲノムが相当断片化していても増幅が起きる可能性があります。またウイルスゲノムRNAやウイルス粒子は、ウイルスが複製能を失ってからも比較的安定で長期間生体内に残存する可能性が報告されています16。
コロナウイルスが細胞に感染すると、ゲノムRNA以外に、数本(SARS-CoV-2では10本)のサイズの異なるサブゲノムRNA(以下sgRNA)が作られます17,18。sgRNAは、5’端に、 ゲノムRNAの5‘端にあるリーダー配列(leader sequence)と同一のリーダー配列があり、この下流に構造遺伝子とポリA鎖が続きます(3’端は共通。3’-coterminal nested-set structureという) (図2)。従って、リーダー配列にフォワードプライマーを設定し、例えば、E遺伝子領域にリバースプライマーを置けばRT-PCRでE sgRNAを検出することができます。sgRNAは、活発に分裂しているウイルスのみで合成され、ゲノムRNAと異なり、生体内での安定性が低いと想定されるので19、分離培養の代替手段(サロゲート)となりうる可能性があります。実際にトップジャーナルを含む複数の報告がありますが20,21,22,23、より最近の報告では、サロゲートにはならない、という考えのほうが有力のようです24,25。(ウイルスRNAの複製、転写の場となるdouble-membrane vesiclesの)膜に結合したsgRNAは、意想外にヌクレアーゼによる分解に抵抗性であり、長く残存する可能性が理由として提示されています24。
以上から、感染性を、正確かつ簡便に評価することは、実臨床ではなかなか困難なことが理解されます。
図2(文献24より引用):最上段のバーはSARS-CoV-2ゲノムRNA全長を模式的に示す。2段目以下に、10種のサブゲノムRNAを模式的に示す。左側のバイオリン図は、各sgRNAのNGS(次世代シークエンサー)によるリード数を示す。白丸は平均リード数、黒色太線は、四分位範囲(IQR)を示す。
- CDCガイドライン改訂の根拠として引用されている5つの報告26,27,28,29,30
さて、以下でこれらの報告に関して出版順に内容を検討していきたいと思います。
- Choi B et al. Persistence and evolution of SARS-CoV-2 in an immunocompromised host. Engl. J. Med. 383, 2291-2293, Dec 02, 2020
22年の病歴を有する激症型抗リン脂質抗体症候群(Catastrophic APS: CAPS)の45歳男性。5ヶ月前に稀な合併症である肺胞出血の治療歴あり。入院前、抗凝固療法(ワーファリン)、ステロイド(PSL15mg/day)、シクロホスファミド、リツキシマブ(リツキサン)、エクリズマブ(ソリリス)の投与を受けていた。Day 0にPCRでCOVID-19の診断(Ct値32.4<40)。レミデシビル5日投与されDay 5軽快退院。Day 6からDay 68まで自宅隔離。この間3回一時入院(腹痛、倦怠感、呼吸困難)。Day 39のPCR Ct値37.9(陰性と判定)。Day 72に再陽性(Ct値 27.6)となり他院入院。レミデシビル10日間。その後PCR陰性。Day 111, 低酸素血症増悪。肺胞出血増悪の懸念ありステロイド増量。Day 128, PCR Ct値32.7(再燃疑い)。レミデシビル5日間投与。その後PCR陰性。現病に対してIVIG、シクロホスファミドIV、ルキソリチニブ(ジャカビ)、ステロイド治療実施。Day 143, Ct値15.6。抗SARS-CoV-2抗体カクテル治療。Day150挿管。Day151, Ct値15.8。アスペルギルス感染併発。レミデシビル、抗真菌薬投与されたがDay 154死亡。ウイルス遺伝子の系統発生解析(Phylogenetic analysis)より、初感染からの持続感染であることを確認。Day 75とDay 143の検体よりVero E6を使用してウイルス分離培養。
- Avanzato VA et al. Case Study: Prolonged Infectious SARS-CoV-2 Shedding from an Asymptomatic Immunocompromised Individual with Cancer. Cell 183, 1901-1912, Dec 23, 2020
アメリカ合衆国国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)からの報告。10年の病歴を有する慢性リンパ性白血病(CLL)の71歳女性。2次性の無ガンマグロブリン血症合併。無症状濃厚接触者として検査を受け感染が判明。以後Day105まで14回のPCR検査が陽性。Day 49, Day70の検体からウイルスが分離培養(Vero E6)されている。回復者血漿(convalescent plasma)治療を2コース受けている。最終的には検査も陰性化(Day 106以降に4回連続陰性)。経過中、終始無症状であったが、長期間ウイルスを排出していた。ウイルスRNA(genomic & subgenomic)の定量を、経過観察期間の前半は、リアルタイムPCRのCt値から計算で、後半はデジタルPCR (ddPCR)を使ってダイレクトにコピー数を算出している。
- Shedding of Viable SARS-CoV-2 after Immunosuppressive Therapy for Cancer. Aydillo T et al. Engl. J. Med. 383, 2586-2588, Dec 24, 2020
COVID-19を発症した20名の免疫不全患者におけるウイルス排出に関して検討。基礎疾患は、急性骨髄性白血病/骨髄異形成症候群4名、慢性白血病(chronic leukemia)1名、リンパ腫8名、骨髄腫7名。このうち造血幹細胞移植後が16名、CAR-T細胞治療後2名。移植からの期間は、1年未満が50%、1年以上2年未満が19%、2年以上が31%。11名がCOVID-19重症。このうち3名の患者(造血幹細胞移植後2名、CAR-T細胞治療後1名)が発病20日を超えてウイルスを排出(Day25:Day26:Day45,51,61)。
- Baang JH et al. Prolonged severe acute respiratory syndrome Coronavirus 2 replication in an immunocompromised patient. Infect. Dis. 223, 23-27, Jan 04, 2021
60歳の治療抵抗性マントル細胞リンパ腫(MCL)の男性。現疾患に対する免疫化学療法中、鼻出血と咳嗽あり(発熱なし、肺炎所見なし)、PCRにて陽性確認。Day 131までの経過中PCRは全て陽性(Day12,29,33,38,81,93,106,119,112,125,128,131)。
Day 30からレミデシビル10日間。Day 31に回復者血漿治療。現病増悪にてDay85-106化学療法実施。COVID-19症状増悪あり、Day122から再度、レミデシビル10日間と回復者血漿治療。最終的には在宅ホスピスケアに移行。保存検体からVero E6細胞を使い、ほぼ全ての検体からウイルスが分離された(Day 119まで)。全ゲノム解析による系統樹分析から、再感染ではなく、同一ウイルスの持続感染であることを確認。
- Tarhini H et al. Long term SARS-CoV-2 infectiousness among three immunocompromised patients: from prolonged viral shedding to SARS-CoV-2 superinfection. Infect. Dis. 10. Feb 08, 2021, doi:10.1093/infdis/jiab075
フランスから3症例の報告。
症例1:意識障害で入院した66歳男性。HIV感染(CD4細胞0/mm3, CD19 細胞 60/mm3)と進行性多巣性白質脳症PML(脳脊髄液PCRでJCウイルス陽性)の診断。鼻咽頭PCRでSARS-CoV-2陽性(髄液では検出されず)。Day 43-95まで新型コロナウイルス分離(Vero E6)。Day 124でPCR初めて陰性。
症例2:心臓移植後の71歳男性。免疫抑制剤内服中(プレドニン、ミコフェノール酸、ベラタセプト[T細胞刺激調整薬、本邦未承認])。Day 121までPCR陽性。Day 106検体からウイルス分離培養(Vero E6)。
症例3:リツキシマブ治療を受けているリウマチの35歳男性 (CD19細胞 0/mm3)。Day 84検体でウイルス分離(Vero E6)。PCRは、Day 92まで陽性。
まとめ:
免疫不全の患者(特に治療中の血液疾患、膠原病)では、従来想定されていたよりも長期間(無症状でも)感染力のあるウイルスを排出し続ける可能性があり、院内感染防止上、十分な注意が必要かと思われます。前述したように、感染性の有無を実臨床で実施可能な検査で確定させることは、現実的ではありません。PCRでは、「生きた」ウイルスの存否を決定はできませんが、経時的に追跡して、陰性化すれば、ウイルスの残存はかなり否定的(少なくとも臨床的意義のない程度まで減少している)と評価可能かと思います。患者の病態によっては、発症からの日時で機械的に隔離措置を解除するのではなく、検査を適切に行って管理していくことの重要性が再認識されます。(2021年4月23日)
References
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- 新型コロナウイル感染症(COVID-19)患者の感染症としての隔離を要さなくなる時期に関する考え方と目安に付いて(千葉県新型コロナウイルス感染症対策本部医療提供整備班 令和3年2月19日)
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