(院内報に寄稿した原稿を転載)

メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン

 

新型コロナウイルス感染症(COVID19)に対するワクチンは80以上の国と地域で接種が開始されており、既に1億7千万回以上投与されたと推定されています(2回接種者を一部含む)。米国のみでも既に5千万回(内訳はモデルナとファイザー/ビオンテックが半々)を越えています(2021/2/13現在)[1]。我が国もようやく接種開始となりますが、ワクチン生産/供給は遅れ気味で世界的な争奪戦の様相を呈しています。中国、ロシア、インドなどが独自のワクチン開発を進める一方、我が国は欧米で開発された製剤の輸入が頼みの綱です[2]。供給されるのは、当面、ファイザー/ビオンテック(BioNTech:Biopharmaceutical New Technologies)によって開発されたmRNAワクチンとなる模様です。以下、ファイザー/ビオンテックのmRNAワクチンを中心に論じて行きます。

 

ビオンテックは、独ヨハネスグーテンベルグ大学ウグール・シャヒーン(Ugur Sahin)教授(血液腫瘍内科学/免疫学)らが2008年に設立したバイオベンチャーです[3]。彼はmRNA癌ワクチンを中心にしたオンデマンド癌免疫療法(on-demand personalized cancer immunotherapy)の世界的なリーダーとして著名な学者です[4]。ビオンテックは創立13年程度のベンチャー企業とはいっても、現在1800名以上のスタッフを擁し、米国やカナダにも拠点を構えています。2019年株式を公開し、最近の時価総額はゆうに2兆円を超えています [6]。

 

2020年1月10日ウイルスゲノム配列(当初の名前は2019-nCoV)が公開されるや、シャヒーン教授のチームは数時間でデザインを完了し、ワクチン開発に取り掛かります[5]。ビオンテックは、2018年からファイザーとインフルエンザmRNAワクチン開発で提携関係がありました。3月、両社は、新型コロナウイルスワクチンの共同開発でも合意します。速やかに大規模臨床試験を実施し、当局の承認を取得するにはビッグファーマの力が不可欠です。シャヒーン教授は、2018年ベルリンの感染症学会で、世界的なパンデミックが起これば、自分たちのmRNA技術を使っていち早くワクチンを開発できる、と講演していました[5]。当時ビオンテックは癌免疫療法では知られていましたが、ほぼ無名のスタートアップ企業に過ぎず、市販された製品はまだ一つもありませんでした[5]。ただ彼は、2014年に執筆したレビューでも、将来のパンデミックワクチンはまずmRNAになるだろうと、と記していました[10]。想定通りの展開となって行く訳です。

 

従来、ワクチン開発には最低でも数年かかるというのが常識とされていました[7]。一方、今回の新型ワクチンは、1年程度の開発期間で一般人への投与が開始されており、驚異的なスピードで実用化されました(Operation Warp Speed [米]、Project Lightspeed [欧])。体外から投与されたmRNAが、生体内で狙った通りの蛋白に翻訳されることが初めて報告されたのは, 1990年のことです[8]。1995年には癌抗原であるCEAをコードするmRNAワクチン投与により特異抗体が産生されることが実証されました[9]。突然世に現れたかに見えるmRNAワクチンの背後には、実は、30年におよぶ地道な研究の蓄積があります。欧米の大学(MIT, イエール等)では2010年前後にRNA創薬研究センターが設立され、企業とアカデミアの垣根を越えて、新しいプラットホームの創薬を目指すエコシステムが誕生しています(例えば、今回コロナmRNAワクチンを開発したモデルナ)。2013年にドイツのチュービンゲンでこの分野の初めての国際会議が開催されました[10]。核酸は140年程前にチュービンゲンで発見されています。

 

mRNAワクチンは、1)アルファウイルス属ウイルスゲノムに由来するRNA複製機構の下流に抗原遺伝子配列を挿入するタイプ(self-amplifying mRNAワクチン)と、2)非複製タイプ(non-replicating)に分けられます[4,11]。ビオンテックのワクチン(BNT162b)は、後者のタイプで、典型的な成熟mRNAと同じ構造(5’-cap/5’-UTR/ORF /3’-UTR/poly-A tail)を有しています。従って細胞内での翻訳、抗原提示、分解はナチュラルなmRNAと同様です[4,11,12]。ORF(Open Reading Frame)はSARS-CoV-2のスパイク(S)タンパク塩基配列全長(3822bp)を含んでいます [7,13]。複数のアミノ酸配列がエピトープとして機能していることが確認されており、ウイルスの抗原性に一部変異があっても一挙にワクチンの効果が失われることはないだろうと推察されます[13,14]。ワクチンmRNA配列は、生体内での安定性、翻訳効率を上げるチューニングが施されており、実際には細かなノウハウの塊です[4]。シャヒーン教授は500以上の関連特許を有しているようです[15]。

 

生体内外には、RNA分解酵素(RNase)が豊富に存在し、裸のRNA(naked RNA) は簡単に分解されてしまい、細胞(特に免疫誘導に重要なのは樹上細胞)に取り込まれる前にほとんど壊されてしまいます。ワクチンmRNAは微小な脂質粒子(lipid nanoparticle, LNP)にパッケージングされており、分解されにくくなっています[4]。製造に鶏卵や培養細胞等を要しないため、生物材料のキャリーオーバーはなく、またチメロサール(有機水銀)のような防腐剤も添加されていません。mRNAと脂質以外の含有成分は、塩化カリウム、一塩基性リン酸カリウム、塩化ナトリウム、二塩基性リン酸ナトリウム二水和物、及びショ糖です [16,17]。この中で、LNPに含まれているポリエチレングリコール(PEG)2000が強いアレルギー反応(アナフィラキシー)の原因である可能性が示唆されましたが、確定的な結論には至っていないようです[17,18]。

 

今回のmRNAワクチンは、モデルナの製剤も、例えば、従来のインフルエンザワクチン等に比べ、高い効果(有効率95.0%)が臨床試験の段階で報告されました[19,20]。実臨床で投与が開始されてからも同様の成績が確認されつつあります[21]。ワクチンmRNAそれ自体が、アジュバントとして機能し、効率的に自然免疫、そして獲得免疫系を刺激しているためと考えられています[10]。有害事象は、アナフィラキシーの頻度がインフルエンザワクチン等に比べて若干高め(1/100,000)[17]である以外、従来のワクチンと大差なく、安全面でも(少なくとも短期的な)懸念はなさそうです[17]。ちなみにペニシリン抗生物質アナフィラキシーが起こる確率は10-40/100,000とされています[22]。効果の持続期間に関しては現時点では不明です[16]。また、21日間隔で2回打つ必要があるところは面倒ですが、シャヒーン教授は、「2回目の投与が、3週間、4週間、多分5週間、6週間でもOKだろう」とインタビューで答えています[23]。ただし、1度目の接種者を限られた期間で増やす目的で英国政府が計画している12週間隔での投与には、明確に否定的です[23]。ブースター効果が期待できなくなるからだと思われますが、それは彼らのデータを見ると十分合点がいきます。ワクチンの効果(液性/細胞性免疫誘導)が、なぜか2度目の接種に大きく依存しているからです(図1)[14]。インフルエンザワクチン等では2度目の接種の追加的効果は(少なくとも一般成人では)限定的なので、この相違は興味深いところです[24]。

 

昨今ワクチンが効かない可能性のある新規変異株(VOC-202012/01[英国型], 501Y.V2[南アフリカ型], 501Y.V3[ブラジル型]等)の蔓延が懸念されていますが[25]、シャヒーン教授は、「2, 3日でmRNAの塩基配列を変更して、6週以内に新しいワクチンを提供できる」とCNBCとのインタビューの中で答えています。またワクチン効果の低下が特に懸念されている南アフリカ型に対しても自分たちのワクチンは有効であるとのデータを得ている、と述べています[26]。

 

 核酸ワクチンを用いた個別化癌免疫療法(対ネオエピトープ、ネオ抗原)は、理論的には面白いものの、臨床効果は大して期待できないとの印象を持っていました。今回、癌ではなく感染症(ウイルス)がターゲットですが、mRNAワクチンがヒトに対してかくも短期間にかくも大量に投与されて効果をあげている現実を前に認識を新たにしています。近年この分野が大きな進歩を遂げつつあるのは間違いないようです[27,28,29,30]。

 

新型コロナウイルスの出現から1年以上経過し、今なおパンデミックの克服に難渋している現状ですが、この間、我々は多くの知見を得、ワクチンが大きな福音となることもまず間違いないと思われます。一方、コロナウイルスにはまだ十分に解明されていない意外な側面も残されています。臨床的に症状が寛解したコロナ患者で高い頻度でウイルスが持続感染している(小腸粘膜上皮!) ことを示唆するデータも報告されています [31] 。コロナに対する抗体の体細胞超突然変異 (somatic hypermutation) が治癒後も蓄積されていくことに着目した結果です。今後も世界中から多くの叡智が集まり、パンデミック終結につながっていくのだろうとの期待を持っています。(2021/2/14記)

  

References

  1. https://ourworldindata.org/covid-vaccinations
  2. 中村祐輔『日本でコロナワクチン開発ができない理由?』http://yusukenakamura.hatenablog.com/
  3. https://en.wikipedia.org/wiki/Ugur_Sahin
  4. Pardi N et al. mRNA vaccines - a new era in vaccinology. Nat Rev Drug Discov 17, 261-279 (2018)
  5. The Husband-and-Wife Team Behind the Leading Vaccine to Solve Covid-19. New York Times (Nov 10, 2020)
  6. https://www.forbes.com/sites/giacomotognini/2020/12/23/meet-the-50-doctors-scientists-and-healthcare-entrepreneurs-who-became-pandemic-billionaires-in-2020/?sh=1ec8a87c5cd9
  7. 宮坂昌之著『BLUE BACKS免疫力を強くする』(講談社、2019)
  8. Wolff JA et al. Direct gene transfer into mouse muscle in vivo. Science 247, 1465-1468 (1990)
  9. Conry RM et al. Characterization of a messenger RNA polynucleotide vaccine vector. Cancer Res 55, 1397-1400 (1995)
  10. Sahin U et al. mRNA-based therapeutics - developing a new class of drugs. Nat Rev Drug Discov 13, 759-780 (2014)
  11. Fleeton MN et al. Self-replicative RNA vaccines elicit protection against influenza A virus, respiratory syncytial virus, and a tickborne encephalitis virus. J Infect Dis 183, 1395-1398 (2001)
  12. Wells SE et al. Circularization of mRNA by eukaryotic translation initiation factors. Mol Cell 2, 135-140 (1998)
  13. Walsh EE et al. RNA-Based COVID-19 Vaccine BNT162b2 Selected for a Pivotal Efficacy Study. medRxiv (Aug 28, 2020) https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.08.17.20176651v2
  14. Sahin U et al. BNT162b2 induces SARS-CoV-2-neutralising antibodies and T cells in humans. medRxiv (Dec 11, 2020) http://medrxiv.org/lookup/doi/10.1101/2020.12.09.20245175
  15. https://biontech.de/our-dna/leadership
  16. FACT SHEET FOR RECIPIENTS AND CAREGIVERS.EMERGENCY USE AUTHORIZATION (EUA) OF THE FIZER-BIONTECH COVID-19 VACCINE TO PREVENT CORONAVIRUS DISEASE 2019 (COVID-19) IN INDIVIDUALS 16 YEARS OF AGE AND OLDER. https://www.cdc.gov/vaccines/covid-19/index.html
  1. Castells MC et al. Maintaining Safety with SARS-CoV-2 Vaccines. N Engl J Med DOI: 10.1056/NEJMra2035343. (Dec 30, 2020)
  2. Rolla G et al. Correspondence: Maintaining Safety with SARS-CoV-2 Vaccines. N Engl J Med DOI: 10.1056/NEJMc2100766 (Feb 10, 2021)
  3. Walsh EE et al. Safety and Immunogenicity of Two RNA-Based Covid-19 Vaccine Candidates. N Engl J Med 383, 2439-2450 (2020)
  4. Polack FP et al. Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine. N Engl J Med DOI: 10.1056/NEJMoa2034577 (Dec 31, 2020)
  5. Israel’s Early Vaccine Data Offers Hope. New York Times (Jan 25, 2021)
  6. Allergic reactions to long-term benzathine penicillin prophylaxis for rheumatic fever. Lancet 337, 1308-1310 (1991)
  7. https://news.sky.com/story/covid-19-vaccine-doses-shouldnt-be-more-than-six-weeks-apart-scientist-behind-pfizer-biontech-jab-says-12215576
  8. 平成28年度 厚生労働行政推進調査事業費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「ワクチンの有効性・安全性評価とVPD(vaccine preventable diseases)対策への適用に関する分析疫学研究(研究代表者:廣田良夫(保健医療経営大学))」
  9. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/10144-covid19-34.html
  10. https://www.cnbc.com/2021/01/11/cnbc-exclusive-cnbc-transcript-biontech-ceo-dr-ugur-sahin-speaks-with-cnbcs-squawk-box-today.html
  11. Sahin U et al. Personalized vaccines for cancer immunotherapy. Science 359, 1355-1360 (2018)
  12. Sahin U et al. Personalized RNA mutanome vaccines mobilize poly-specific therapeutic immunity against cancer. Nature 547, 222-226 (2017)
  13. Sahin U et al. An RNA vaccine drives immunity in checkpoint-inhibitor-treated melanoma. Nature 585, 107-112 (2020)
  14. Krienke C et al. A noninflammatory mRNA vaccine for treatment of experimental autoimmune encephalomyelitis. Nature 371, 145-153 (2021)
  15. Gaebler C et al. Evolution of antibody immunity to SARS-CoV-2. Nature DOI:10.1038/s41586-021-03207-w (Jan 18, 2021)